烏龍茶

ライフスタイルをシンプルに整える

シンプルな生き方を模索し、目の前の幸せを大切にしていきたい。そんな私の願望をブログにしました。ミニマリストを参考にしています。

ミニマリズムを勘違いして、物を減らしたら幸せを見失った

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ミニマリズムとは、本当に必要な物を見極めることで持ち物を最小限に抑え、自分なりの幸せを追求しようとする考え方だと思っている。

ミニマリズムと聞くと、断捨離や物を減らすイメージが先行しがちだが、考えた結果、物が減る場合と物が増える場合がある。

必要だと思えれば残すし、欲しいと思えば買う。もちろん、必要ないと判断すれば捨てる。

しかし、ミニマリズムの深みにはまると、ミニマリズムのとらえ方を見失ってしまうことがある。

それは、物を減らすことがミニマリズムだと勘違いしてしまうことだ。

物を減らすことが目的になってしまい、自分なりの幸せを追求するという目的を忘れてしまう。

物を減らすことは手段であって目的ではない。

では、物を減らすことが目的になってしまうとどうなるのか。

自分なりの幸せを追求するという目的と真逆の、幸せを見失うという弊害が生まれてしまう。

物から得られる幸せや幸福感はとても分かりやすい。

洋服やアクセサリー、雑貨など、形として手に残るため、手に入れたという幸福感を感じやすいからだ。

そういった物たちをミニマリズムに従って減らしていくと、自分にとって本当に必要な物だけが残るわけだが、その過程で問題が発生する。

物を減らそうとするあまり、これは私を幸せにしてくれる物なのか、私の幸せにこれは必要なのかと、考えすぎてしまうという問題だ。

また、幸せになるために物を減らしたのに、物を減らしたら自分がどんな人間か分からなくなったという問題も起こり得る。

しっかりと葛藤した上で、判断することは大切だ。しかし、やり過ぎれば上記のようにその葛藤に苦しめられることになる。

私も、一時、ミニマリズムの捉え方を間違えてしまい、この問題に苦しんだ。

どれだけ物を減らせるかに執着してしまい、自分にとって大切な物まで「これは本当に必要なのか?」と葛藤してしまった。

そして、物を減らし過ぎた。大切な物をまで減らしたせいで、自分が分からなくなってしまった。

思うに、自分の本質と向き合うことは疲れるんだと思う。物を減らし自分の本質と向き合うと、自己を確立させなきゃいけないみたいな使命感が襲ってくる。だから葛藤するわけだが、これが非常に疲れる。

だから、分かりやすい幸福に頼るのも必要だと思う。物質的な幸せは簡単だし分かりやすい。

無理に減らすのも、無理に物を増やさないようにするのも、やめよう。無理は続かない。たまには、本能に任せて物を買ってしまおう。後で、本当に必要だったのかな?と考えることになったとしても、その時幸せだったならばそれで良い。そうやって肯定してあげよう。

ミニマリズムの深みにハマり、疲れてしまったとき、そう考えると気持ちが楽になった。

同じような悩みを抱えたミニマリストもいるのではないかと思う。

ミニマリズムは最小限主義と訳せるが、何が自分にとっての最小限か、悩み過ぎには注意が必要だ。

ミニマリズムを参考するならば、所有することを否定するネガティヴなやり方ではなく、大切な物を所有したいというポジティブな意識を先行させるべきだと思う。