烏龍茶

ライフスタイルをシンプルに整える

シンプルな生き方を模索し、目の前の幸せを大切にしていきたい。そんな私の願望をブログにしました。ミニマリストを参考にしています。

好きなことを仕事にすべきなのか?

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好きなことを仕事にすべきだ。

一度しかない人生、自分のやりたいようにやるべきだ。

そのようなことを言う人がいる。

ネットビジネスをしている人やベンチャー企業で働いている人が食い気味に言ってくるイメージだ。


どうなんだろうか?


そのように言われて、確かにそうだと思う反面、賛成しきれない気持ちがある。

自分を振り返ってみる。確かに、今の仕事は自分の好きなことではない。苦痛に感じる時も多いし、辞めようかなと思う瞬間だってある。

違う仕事のほうが向いているんじゃないか、もっと楽で楽しくてやりがいのある仕事があるんじゃないか、そう考えてしまい、なかなか眠れない夜もある。


ただ、だからと言って好きなことを仕事にすれば今抱えている悩みが解消されるのだろうか。

そして、仕事にしたいと思えるほど、情熱的に好きと言えることが自分にあるのだろうか


こんな話を聞いたことがある。

「もともと何かが優れていたわけではない。好きになる才能があったからこそ、ここまでやってこれた」


この話を聞いて、納得した。

苦痛を苦痛と思わない才能。スポーツ選手やミュージシャンに備わっている印象だ。普通の人なら辛いことも、好きゆえに辛くない。

ということは、まず、好きになる才能がないといけない。

次に、その好きを仕事にする。

その過程があってこそ、好きなことを仕事にすべきという意見が成立するのではないか。

好きなことがあるなら、嫌いなことや嫌なことは避けたほうがいい。納得できる。

正論だし、その通りだ。

しかし、好きなことが明確であることと、好きなことを仕事にできるということをなんとかしないと、実践できない。

そして、その2つはなかなか解決できない。やりたくないことは明確だけど、やりたいことは不明瞭。好きなことはあるけど、就職できない、自分の環境では実現不可能。そんな人が大半だ。

そんな人に向けて、好きを仕事にすべきだと、安易には言えないと思う。


好きを仕事にする努力よりも、いかに仕事のストレスを減らすかのほうが、検討する価値があるのではないか。好きなことを仕事にする、そんなフレーズを聞いた時に、そんな考えが浮かんだ。

そんなに丁寧なサービス、必要?

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日本のサービスについて

日本のサービスは、海外に比べて高い水準にあるといわれている。例えば、映画でよく見るアメリカのコンビニのシーンでは、従業員は椅子に座っていたり従業員同士でおしゃべりをしていたりする。日本の映画で、コンビニの従業員がそのような様子のシーンは思い浮かばない。従業員は座らない、従業員同士でのおしゃべりは原則禁止、それが日本でのサービス業における常識だからだろう。それは、お客様は神様であり、従業員は完全に下であるという精神が理由だと思う。来ていただいた神様の前で、椅子に座ったりおしゃべりするなど失礼である。そんな精神を、会社は従業員に刷り込む。


確かに、利用者からすればサービスは良いほうがいいに決まっている。サービスのいいほうを利用したいと思うだろう。会社も、サービスにより満足度を向上させ集客を狙っている。サービスを徹底すれば、利用者も会社も良いことづくめだ。しかも、サービスはお金がかからない。だから会社は従業員にサービスを徹底する。


しかし、従業員の負担はどうなるのだろうか。サービスはお金が発生しない。サービスのいい従業員が多く給料をもらえるのだろうか。サービスに特化した職業でなければ、サービスに給与は払われないだろう。お金をもらえないのに、会社から強要されれば、もちろん従業員の不満は溜まり、負担が増える。従業員の負担を考えれば、サービスの水準は高くなくていいと思う。


日本のサービスの水準がSランクだとしたら、Bランクくらいまで下げていいのではないか。そもそも、利用者は高水準のサービスを求めているのだろうか。たいていの利用者は、目的のものを買うことが出来ればそれでいいと思っていると思う。不快な気持ちにさえさせられなければ、機会があれば次も利用する。(あまりにも無愛想だったり失礼な態度は困る)別におしゃべりしてても良いし、座っていても良い。お会計さえしてくれれば。


たまにいるクレーマーのために、高い水準を維持しようとしているから、従業員が疲弊するし、さらにクレーマーが増える。100人の利用者中、常識はずれな人は5人くらいだとすると、その5人のために普通の利用者95人分、高い水準のサービスを提供させられる。


ミニマリズムに絡めると、サービス次第で購入するか否かが揺れるようなら、おそらくそれは必要のないものだ。必要な物のために利用しているわけで、正直サービスなんて気にしていない。むしろ、丁寧にサービスされると面倒くさい。必要だったりやってほしいことがあれば、利用者から言えばいい。「お箸はお付けしますか?」このセリフ、本当に要らないと思う。このセリフがあるから、「さっき箸使うか聞かれなかった」と言い出す利用者が現れる。箸が欲しかったら自分から言え!そう思ってしまう。


丁寧なサービスを否定したいわけではない。大げさに利用者を持ち上げることを否定している。利用者も従業員も、互いに同じくらい尊重し合うのがベストではないか。今の日本は、明らかに利用者のほうが尊重されていると思う。

無印良品の【直角靴下】が良い


つい先ほど、無印良品に行ってきました。

靴下が欲しくて。

何故、無印良品なのかというと、まあ家が近いことが一番なのですが、ネットで見た無印良品の【直角靴下】なるものが気になっていたことも理由の一つにありました。

「直角・・・?」

「てか靴下って元々直角なんじゃないの・・・?」

(手持ちの靴下を眺める)
「・・・よく見ると75度くらいか。」

これは気になる。

そんな感じで興味を持ちました。

以前ユニクロで買った靴下があまり履き心地が合わなかったため、安いところの靴下に対して敏感になっている私。

ユニクロの靴下は結構ゴワゴワしていたので、2回しか履かずに捨ててしまいました。


靴下選びは難しいです。

試着が出来ないことや1日身につけないと着心地が分からないこと、またにおいなども気になるものは気になります。

ネットで見た感じ、無印良品の直角靴下は疲れないらしい。

とりあえず現物を見て実際に触ってみないことには始まらんな・・・ということで。

早速お店へ向かい、靴下のコーナーへ。

3足で990円でした。

「むっちゃ安いなー・・・」

ユニクロの二の舞にならないか不安になる私。

ふくらはぎががっちりしているため、リブの部分が硬すぎると足首が痛くなってしまうのです。

しかし、近隣にはtabioのような靴下店もないし、とりあえず靴下はないと困る、ということで!

「まあ安いし失敗しても大丈夫だ!買おう」

黒2足、白1足、計3点を買いました。


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商品名はこんな感じです。

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家に帰り早速履いてみる。

「・・・・・・!」

「なにこれ・・・めちゃくちゃ履き心地ええやん・・・」

「直角靴下だからなのかはわからないけど、フィット感がたまらない・・・心配だったリブもとても柔らかくてしなやかや・・・痛くない!」

最高でした

最高過ぎて、パンツ一丁に無印良品の直角靴下(白)のみで衝動的にこの記事を書いています。

とにかく、履き心地が柔らかいです!

ふくらはぎが締め付けられなくて、本当にありがたい。

素材のおかげなのでしょうか。

素材はこんな感じです。

綿の割合が高いですね。


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久々に満足のいく買い物をしました。

幸せです。

富士登山。【山男】の優しさに触れる  

9月2日。友人と2人で富士登山へ行ってきた。私は今回で2回目の富士登山だが、友人は初めての富士登山になる。3日前くらいから登山ルートについて話し合った。須走ルートに決まった。前回、私が富士宮ルートを登っていること、比較的難易度の低いコースであることの2つの理由から決定した。


前日の9月1日、始発に備えて早めに布団に入る。しかし、眠れない。小学生の頃の遠足前のような。結局、2時間ほどしか眠れなかった。4時に起床。作り置きしておいた炊き込みご飯を、アルミホイルでまん丸に握る。自分で作ったおにぎりを、富士山頂で食べてやるんだ。そんな思惑から、おにぎりを3つ作った。諸々の準備を済ませ、4時40分に家を出た。


友人とは、住んでいる地域が違うためどこかの駅で合流する予定だった。LINEで話し合った結果、国府津駅で集合することに。須走ルートへのアクセスには、御殿場駅から出ているバスが必要だ。そして、御殿場駅国府津駅から1本でいける。国府津駅御殿場駅、バス、須走ルート登山口。流れが決まった。私のほうが国府津駅に早く着いた。友人が国府津駅に到着するまで、20分ほどある。時間もあるし、御殿場駅ではゆっくりする時間もなかったため、国府津駅ニューデイズで食料を買った。友人も国府津駅に到着。御殿場駅へ出発した。


御殿場駅に到着し、改札を出る。予定では、バスの切符を買い、須走ルート登山口行へのバスに乗り込む、という流れだった。ここで、アクシデントが起こる。須走ルート登山口へのバスが非常に混んでいる。切符の販売所も、混んでいる。案の定、私たちは予定していたバスに乗れなかった。切符を買おうと並んでいる間に、バスの運転手が満員です、乗れませんと切符の販売員に伝えてきた。友人と頭を抱える。私たちは日帰りのつもりできていた。次の須走ルート登山口行のバスを待っていたら、時間が遅すぎる。御殿場駅からは、御殿場ルート登山口行のバスも出ていた。しかも、いますぐ出発とのアナウンス。バスの車内は空いていた。仕方ない。御殿場ルート登山口行のバスの往復券を買い、私たちはバスへ乗り込んだ


須走ルートのはずが、御殿場ルートへ変更。イレギュラーが発生したが、富士登山には変わりがない。わくわくした気持ちでバスに揺られる。バスは30分ほどで登山口へ到着した。思ったよりも登山口への到着が早い。それもそのはずだった。何故なら、御殿場ルート登山口の標高は、1440mしかない。前回私が登った富士宮登山口の標高は、2440m。標高が1kmも違うのだ。早くついて当然だった。


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御殿場ルート登山口は、思っていたよりも閑散としていた。プレハブのような小屋が3つほどあちらこちらに建っている。記念撮影をし、登山届を書き、ベンチで少し話していた。友人は風邪を引いていた。高所順応を念入りにしなければ、すぐに高山病にかかってしまう恐れがあった。1時間ほど滞在し、私たちは富士山を登り始めた。


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ざくざくと歩みを進める。緑はない道のり。前回の富士宮もそうだったが、御殿場ルートも緑がなかった。富士山とはそういうものなのか。地面も土というよりは、砂利だ。黙々と上る友人。景色が最高にきれいだった。そう思える余裕が、まだあった。


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登っていると、次第に地面が上手く踏みしめられなくなってきた。砂利の粒が細かくなり、踏みしめても足が沈んでしまうからだ。しかも、勾配が異常にきついように感じる。写真ではあまり伝わらないが、かなりきつい勾配だった。


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おかしくないか。足は沈んで進まないし、勾配は四つん這いになったほうがマシなんじゃないかと思うほど辛い。4歩進んでも、1歩分くらいはずり落ちてしまう。そんな疑問を抱えながら登っていると、下ってきた2人の若者が、私たちに話しかけてきた。もしかして、登っているんですか?そう、若者の1人が尋ねてきた。見て分からないのか、必死になって登っているだろうと内心で思いながら、そうですと答えると、まさかの答えが返ってきた。ここは、下山ルートであって、登る道じゃないですよ。大砂走と言って、下山に使うルートなんです。このままいくと、大変ですよ。なんということだ。私たちは、いつの間にか道を間違えていた。道理で登りづらいわけだ。言われてみれば、周囲に登っている人がいない。教えてくれた若者2人にお礼を言い、私たちは登山ルートへ戻った。


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途中、道を間違えるというアクシデントがあったものの、何とか新6合目までたどり着いた。少し霧がかかっている。看板の数字を見るとわかるのだが、新6合目の標高は2590m。5合目からの標高差は1kmもある。そんな標高差故か、1号分とはいえ、疲労が溜まっていた。


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ここからは道を間違えるということもなく、順調に登っていった。6合目と標高3000mの標識。砂利が細かい道も新6合目あたりで終わった。踏みしめやすい土になり、登りやすくなっていた。


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無事、7合目に到着。7合目で少し長めに休憩を取った。自宅から持ってきたおにぎりと、7合目名物の埋蔵金どら焼きを食べる。最高だ。雲よりも高い場所。最高のロケーションで食べるおにぎりがこんなに美味いなんて。7合目で、あるおじさんと出会う。休憩しているところに、話しかけてくれた。どこから来たのか。何できたのか。日帰りなのか。雑談をした。私たちはバスで来ていたが、帰りのバスに不安があった。最終のバスが18時だったのだ。急いでもぎりぎりの時間になる。それこそ、頂上でゆっくりなんてしていられない。そうおじさんに話すと、帰り、俺の車に乗っけてってやるよ。そう言ってくれた。なんてという優しさだろうか。出会って5分の若者二人に、そんなことを言ってくれるなんて。おじさんにありがとうございますと伝え、私たちはおじさんより先に7合目を出発した。


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7合目から頂上までは、割と近いらしかった。おじさんの話によれば、御殿場ルートは7合目までが辛いらしい。後はあっという間だと。確かに、7合目以降は地面も固まっていて登りやすく、登山がしやすかった。8合目の写真。ここからは、頂上も見えていたと思う。


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ここで、友人の体調が少し悪くなる。もともと風邪を引いていたこと、比較的険しい御殿場ルートへの変更、初めての富士山、また、時間的に余裕がなかったことから、5合目から6合目まで少し早いペースで登ってきていたこともあり、体力が尽きそうになっていた。私は2回目の富士登山であったため、ある程度ペースが把握できていた。体力は残っている。休みを入れながら、頂上を目指す。


頂上の鳥居が見えてきた。頂上前のつづら折りに苦戦する。登っても登っても、見えている鳥居が近づいてくれない。何度もつづらに道を折れた。しかし、登っていくにつれて、ゆっくりだが確実に、遠く見えていた鳥居が近くなってくる。頂上にいるであろう人の声も聞こえてくる。ようやく、到着した。富士山登頂


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登頂すると、話しかけてくれたおじさんが手を振ってくれていた。駆け寄る。いつの間にか抜かされていたようだった。おじさんと話しながら、頂上の景色を楽しむ。感動的だ。頂上からの景色は格別に感じる。9合目や8合目とそこまで景色そのものは変わっていないが、頂上というだけで何か違う。記念撮影。雲がきれいだ。わたがしのような。


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ここで、おじさんが食べ物を分けてくれた。私たちはあまり食料を持ってきていなかった。持参したおにぎりも、食べ終わってしまっていた。特に、私はもう何も持っていなかった。友人は少しだが、食糧を残していた。富士山では、食べ物は必須だよ。余るくらい持ってきたほうがいい。おじさんはそういうと、私たちにチョコチップのスティックパンをくれた。美味い。優しさもこもっているおかげか、今まで食べたチョコチップのパンで一番うまかった。


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おじさんに案内をしてもらい、剣が峰を目指すことにした。前回、剣が峰には行けていない。雨と風がひどく、頂上はすぐに降りてしまった。剣が峰までは30分ほど。道中の景色も最高だ。


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剣が峰登頂。日本で一番高い場所だ。何となく神秘的。私がタッチしている場所が、日本で最も標高の高いところだ。赤く印が付いていて、5円玉が沢山置かれている。おじさんに、今日本一だよと言われた。


剣が峰を降り、下山することにした。おじさんとともに。富士宮でもそうだったが、下山はあっという間だ。しかも今回はおじさんがついていてくれている。道中聞いたのだが、おじさんは今回で富士登山98回目らしい。凄い。おじさんは謙遜していたが、初めての友人と2回目の私からすれば、言葉は悪いが怪物のようなものだ。おじさんについていく形で、ぐんぐん下山していく。


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7合目付近での友人。私的には、今回のベストショットはこの写真だ。下の世界では、撮れない。


あっという間に6合目まで降りると、大砂走がまっていた。大砂走。それは、御殿場ルート名物の下山ルートで、私たちが間違えて登ってきてしまっていたルートだ。砂利が細かくなり、1歩進む度に足が20センチほど沈む。砂利だけどふかふか。そう表現しても、間違いではない。宝永山から下るルートが大砂走にあたる。私たちは、大砂走に足を踏み入れた。


1歩進むたびに、足がずりゅっと沈む。勾配もそこそこあるため、重力に任せて滑り降りるような。おじさんの話によると、大砂走を駆けて下る競技があるらしい。そして、その選手は下っているときはボルトよりも速いとか。ボルトよりも速く下れる。本当なのだろうか。私は、このふかふかの大砂走を駆け下りてみた。凄い。足の回転が止まらない。海の上を走っているような。ふかふかのおかげか、足への負担が少ない。重力もあり、とんでもないスピードが出る。思わず、気持ちいいと叫んだ。転んでもいたくない。最高に楽しい。友人とおじさんを置き去りにし、子供のようにはしゃいで駆け下りた。自転車と同じで、下りはボーナスステージだった。


大砂走はかなり長く続いた。下り始めは少し日が出ていたが、次第に辺りが暗くなってくる。標高2000m付近。霧が現れ始める。ふかふかの道はまだ続いていたが、所々硬い地面があった。駆け下りることは危険だった。おじさんと友人と3人で固まって下山していく。標高1800m付近。3m先が霧で見えなくなる


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写真では分かりにくいが、本当に前が見えない。おじさんが貸してくれたライトがあるおかげで、足下はなんとか見えているが、その先は濃霧で何も見えない。人生で初めての体験だった。帰るべき方向もわからなくなりそうな感覚。自分の体すらも、よく見えない。ライトで辺りを照らしても、大砂走の砂利が黒く照らされるだけだった。濃霧の灰色と、大砂走の黒色しか見えない。おそらく、友人と2人だけでは下山出来なかったと思う。おじさんは見えなくてもある程度分かると言っていた。本当に、おじさんがいなければ遭難していた


チラチラと光が見え始めた。5合目の山小屋の明かりだ。本当に長かった。山小屋に到着した頃には濃霧も晴れていた。驚いたことに、体が濡れていた。雨も降っていないのに。濃霧で濡れたらしい。幸いにもマウンテンパーカを着ていたため、体が冷えてしまうことは無かったが、もし半袖のままでいたとしたら、濃霧で体温を奪われていたと思う。富士山では何が起こるか分からない。本当に装備の大切さを学んだ。


5合目に到着し、休憩もそこそこにおじさんの車が停まっている駐車場まで歩く。時刻は19:40。もちろんバスは無い。おじさんの車に乗せていただいた。大きなボックスカー。3人で横並びになった。三島駅まで送っていただけることに。帰りの車内で、おじさんは、富士山では色んな人に出会うと言っていた。500〜1000回くらい登っている人もいるし、2時間くらいで登って下ってしまう人もいる、富士山で何度も会うから、友達になったりね。Facebookを交換することもある。山小屋の主人も友達なんだ。富士山で久しぶりに会ったりすると、何で富士山に来てなかったの?と聞かれる始末だよ。笑っちゃうよね、富士山にいるのが普通のようになってる。それを聞いて、世の中は本当に広い、想像もつかないようなことをしている人が、知らない場所に沢山いるんだと思った三島駅に到着。おじさんは伊豆に住んでいるそうで、三島駅から30分くらいで帰れるとのこと。最後に、おじさんと連絡先を交換し、住所を教えてもらった。いつか、お中元のような形でお礼をしたいと思ったからだ。伝え切れない感謝をおじさんに伝え、三島駅で降りた。おじさんを見送り、私たちの富士登山は幕を閉じた。


今回、急遽決まった富士登山だが、とても楽しかった。やはり山は良い。心が落ち着く。もちろん、反省しなければいけないことも沢山ある。装備が甘かったこと、食糧が少なすぎたこと、登るルートと自分の実力の見極めが出来ていなかったこと。おじさんと出会ったことで、気付いたことや感じたことがいっぱいだった。装備についてもそうだし、世の中には色んな人がいること。先人たちは、思っているよりも凄かった。おじさんも謙遜していたが、おじさんから本当に沢山学ばせてもらった。これだけ収穫のある登山になったのだから、次に登るときは、もっと良い登山に出来るはず。また来ようと思う。しっかりとした装備で。


山男の優しさに触れることの出来た富士登山だった。



 

ミニマリズムを思い切り題材にした映画【365日のシンプルライフ】

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365日のシンプルライフ」という映画をご存知でしょうか。

2014年に公開されたフィンランドの映画です。


簡単なあらすじ。

ヘルシンキ在住のペトリは、ある出来事をきっかけに、自分の持ち物を全てリセットするという実験を決意する。ルールは4つだけ。

①自分の持ち物を全て倉庫に預ける。

②1日に1つだけ、倉庫から物を持っていける。

③期間は1年間

④物を買うことは禁止

実験が進むにつれて、ペトリは自分自身と向き合うことになっていく。自分が何を大切にしたいのか、生きるために本当に必要なものとは何か。

あらゆる物を手放した男が、最終的に出した自分なりの結論とは。


ミニマリズムを題材にした映画ですね。

監督・脚本・主演をペトリルーッカイネンという人が務めています。この映画、監督自身のドキュメンタリーに近いです。この実験も、監督自身が実際に行ったものを映画にしたものなので。



主人公のやり方はかなり極端ですが、私もミニマリズム推奨派なので、共感しながら観ていました。

特に共感できたというか、「うんうん」と感じた言葉があります。それは、「人生は物でできていない」という言葉です。主人公の祖母が登場するのですが、その祖母の言葉だったと思います。そうですよね。確かに、生きていくために必要な物もありますが、身の回りの物を全て失ったとしても、私の人生が終わるわけではありません。なんだかんだで生きているでしょう。それはつまり、人生を造っているのは、物ではないということになります。だから、私はこの言葉を聞いて共感したのと同時に、「目に見えない経験や人間関係が人生では大切なのかな」と思いました。


フィンランドでは、シンプルなライフスタイルが根付いていて、フィンランド人はよく森に出かけたりするとか。自然の中でゆったりと過ごし、自分自身を取り戻すことが目的だそうです。日本じゃあまり聞かないライフスタイルですね。

また、DIYも盛んで、3Rも当たり前のように行われているんだとか。

良い国ですね。


ペトリが倉庫から物を取り出すときに悩むように、私も日々葛藤が続いています。これ必要なのかな、欲しいけど今あるもので代用できるんじゃないかな。でも、そうして悩んでいると、悩んだ分だけ自分に必要な物が見えてくるような気がします。そう考えると、悩むこともある意味幸せなのかなとも思います。


物を捨てる勇気が出ない方はぜひ。

マットレスにハマっていた私がベッドに還ってきた

久しぶりの更新になります。


私は今、ベッドを使用しています。

先週、楽天から注文し、昨日商品が到着しました。


少し前までは、マットレスだけで寝ていました。


こんな感じで。


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なかなかシュールな感じです。

畳むとかなり小さくなります。


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マットレス+フラットシーツで寝ていました。

毎回シーツを引き直すので、「ホテルのベッドみたいだ!」とか思っていました。

確かに、パリッとしたシーツを敷いたマットの上で寝ることは、気持ちが良かったです。


畳めばスペースを作れるし、寝心地も全然悪くない。

マットレスだけで十分行けるじゃん!

そう思っていました。


しかし、ある時、部屋の掃除をしていたら気が付いてしまったのです。


フローリングに直接敷いているから、シーツやマットレスに埃がすごい!


いくらウェットシートで床をきれいにしても、どうしても埃が付着してしまう。。。

私は泣く泣くベッドの導入を決定しました。

そして昨日。


ベッド導入。


こちらです。


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木目調のナチュラルなベッドにしました。

素材感がいい。


昨日寝てみた感想。。。


「床が遠いっていいな。。。」


少し前までのマットレス大好き人間から、1週回ってベッドに還ってきました。

やはりベッドは落ち着きますね。

1度は、「ベッドなんて必要ない」というタイトルの記事まで書きかけていました(笑)


今は埃から離れられて幸せです。

スペースは取られましたが。

【内定】を取ることは難しいのか

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今回の記事では、内定について書いていきたいと思います。


大学生になり、必然的に迫ってくるものが就職活動です。4年生になる前から、キャリアセンターなどに通い始める学生も多いと思います。いえ、3年生の夏からインターンシップ制度を利用し、一歩抜きんでようとする若者もいるでしょう。すべては、内定をもらうという目標に向けて。そんな全ての大学生が目標としている、内定。私は、簡単にもらえるものだと考えています。簡単にとはどういうことなのか。どうすれば簡単に内定がもらえるのか。3つの理由から、説明していきます。


本題に入る前に、前提をハッキリとさせます。超一流企業にしか入るつもりがない方向けの記事ではありません。「とにかく内定が欲しい」という方向けの内容になります。


では、本題へ。


1【数を受ければいい】


内定がもらえないと嘆く人のほとんどが、数を受けていません。考えてみましょう。25人採用の会社に、1000人受けに来たとします。単純に倍率は40倍です。受験でいえば絶望的な数字でしょう。しかし、就職活動はいくつ受けたっていい。受けて損をすることなんてないのだから、とりあえず受ければいいのです。40倍なら、40社受ければ1社は受かる計算になります。そんな単純じゃないと思うかもしれませんが、就職活動は確率論的なところがあります。人事も人間。1000人の中から25人を選ぶのは、人事だって難しいのです。運の要素が非常に強いといえます。また、数を受けることで、場慣れしていくものです。就職活動とは、社会の窓を覗くようなもの。今まで、不透明だった社会というものに、いきなり接するようになるわけだから、最初はうまくいかなくて当然です。しかし、数を受けていけば当然慣れます。面接でも緊張しなくなる。最初は自己PRもうまく言えないでしょう。「やばい、忘れた」なんて頭が真っ白になることもあると思います。大丈夫。30社も受ければ、寝起きでも言えるようになります。また、それだけ受けていれば、本当の自分も分かってくるものです。面接官は人を見るプロ。あの手この手でこちらを裸にしようとしてきます。自分一人で自分を探るより、面接官に裸にしてもらったほうが、より明確に自分を知ることが出来るのです。だから、とにかく数を受けて憂かる確率を上げ、面接経験値を積めばいいのです。


2【学歴の影響に振り回されなければいい】


就職活動になると、浮き彫りになってくるのが、学歴の差です。浮き彫りになってくるというか、嫌でも気になるでしょう。確かに、学歴は就職活動と深く結び付いています。早慶以下は受けられないなんてところもあります。しかし、そんなことは気にするだけ無駄です。「よそはよそ、うちはうち」とはよくいったもので、気にしたところでどうせ何も変わりません。変わらないどころか、しり込みしてマイナスになるかもしれない。視点を変えてみましょう。面接官の気持ちになってみる。企業は何を求めているのか。面接官はこれまでにどんなことを頑張ってきたのかをみているのです。そして、その頑張りが入社後、業務でも反映できる人物なのかをみています。要は、「今まで何か頑張ってきたやつは、これからも頑張るでしょ!」と考えているのです。そして、その頑張りは学歴だけであらわされるものありません。アルバイトだっていいし、部活動だっていい。どうせ社会に出ればみんな1年生です。学歴の高いやつ=仕事のできるやつ。そんな図式を持っている面接官はいません。学歴は分かりやすいだけです。履歴書を見れば一発でわかる。しかし、学歴の差は面接で取り返せます。今までに自分がなにを頑張ってきたのかを説明すればいいのです。「勉強じゃなくて、こっちに力入れて頑張ってました!」そういえれば大丈夫です。


3【採用人数を見極めればいい】


採用人数2名。こんなところばかり受けていたら、内定はもらえません。ちなみに、チョコレートの明治には、4名の募集に対して4万近い応募が殺到したそうです。1万倍なんて倍率、賭けるほうが阿呆です。バランスよく、受けていきましょう。本当に入りたいけど採用人数5名…。受けたらいいと思います。しかし、そういうところを受けるなら、採用人数300名くらいのところも受けるべきです。入りたい意欲が強くなくても。採用人数を見極め、リスクは平均化しましょう。何故そうすべきか。理由は簡単です。精神的余裕を保つため、比較対象を増やし、本質を見極めるため。とりあえず内定を持てば余裕も生まれます。余裕が生まれれば、面接もうまくいくようになります。また、比較はとても大切です。なぜ自分が魅力に思うのかは、魅力に感じないほうを知ってからのほうが明確になるというものです。だから、面接官も聞いてきます。「なぜ他社よりうちなんですか」と。この質問に答えるためには、他社について知っていなければいけません。比較してどちらがいいか決断すべきなのです。比較なしに志望動機を話しても、説得力に欠けます。「あっちのバナナ食べたことないけど、このバナナのほうがうまい!」信用しないでしょう。食べたことないのかよ!と突っ込みたくなります。そういうことです。


以上が、「内定を取ることは難しくない」と書いた3つの理由です。要は、数を受けてよそは気にせずいろんな会社を比較しましょう!ということです。


偉そうにいろいろと書きましたが、私は成功している側の人間ではありません。実体験や聞いた話をもとにしていますが、就職活動は幅広いので、「全然違うこと言ってる」と思う方もいらっしゃるかと思います。私の失敗から得た経験や、就職活動でノウハウをつかんだという方のお話を参考に、この記事を書きました。