烏龍茶

ライフスタイルをシンプルに整える

シンプルな生き方を模索し、目の前の幸せを大切にしていきたい。そんな私の願望をブログにしました。ミニマリストを参考にしています。

夏目漱石の心を読んで。先生と自分の似ているところ

「こころ」を読んで。

こころという作品を通して、自分を省みてみようと思う。

こころという作品は、学生のころに授業で習ったらしい。

しかし、覚えていなかった。

読んでいたとしても、記憶に残るような印象がなかったのだと思う。

だから、初めて読んだのとほぼ同じ。

友人に、先生という登場人物と、私が似ているといわれたことがある。

すこし気になったので、そのつもりで読んでみた。

確かに、何となく似ているような部分がある気がする。

先生は自尊心は高いが、己惚れるような人ではなく、心優しい人だ。

人の心がわかり過ぎるせいで、お人好しで脆い。

先生と私は似ているところがあるが、そのような性格になったきっかけが違う。

でも、大体同じような性格だと思う。

そのためか、先生の遺書には共感できた。

これは、夏目漱石の心理描写がとても優れているから、口を挟む余地がないことにもよると思う。

先生が人を疑うようになったきっかけは、叔父に裏切られたことだ。

私は人を疑うようなことはあまりないが、人の心を伺うようなところがある。

これは、気分屋で時には暴力を振るった父から身を守るために培ったものだ。

先生は嘘も許せない人だった。

相手を貶めるような嘘は特に。

私も嘘は嫌いだ。

嘘というか、卑しさが許せない。

少しでも損をしたくないと、慎ましさに欠ける必死な姿は、自分は勿論、他人でも見るに堪えない。

先生と私の共通は、許せないことだと思う。

先生は自分を許せなくて自殺した。

耐えられなくなってしまって自殺した。

その過ちと後悔の念に堪えるのが嫌になってしまったのだ。

もしかしたら許すかどうかの話ではなかったのかもしれない。

犯した過ちが許されないのは当然のことで、それを分かった上でまだ生き続ける自分の厚かましさを、許せなくなったのかもしれない。

私も、許せない人間だ。

他人の卑しさも、自分の卑しさも許せなくて、苦しんでいる。

私も先生も、何となく危うさみたいなものがあると思う。

薄いガラスが割れて元に戻らないように、ふらっとそっちに傾いたら取り返しのつかないことになってしまうような。

しかし、弱いという表現は違う。

むしろ、失うもののない強さを備えているように感じなくもない。

そんな自分の性格を全面的に肯定は出来ないが、好きだと思えるところもある。

正直なところは、特に好きだ。

ミニマリストは生真面目な方が多いような気がするから、こころの先生に共感できる人も多いのではないかと思う。

新卒で苦しんでいるあなたへ

もう少しで10月になる。

新入社員の人にとっては、約半年が経過していることになる。

どうだろうか。

仕事は大変だろうか。

色々な感想があると思う。

毎日スーツを着なければいけないことに窮屈さを感じる。

5日間も連続で働くことが辛い。

上司や先輩が嫌な人で、顔を合わせるたびに胃が痛い。

責任感を求められ、重圧につぶされそう。

思い描いていた社会人と全然違う。

残業や休日出勤が多くて、生きる意味を見失いそう。

いくつか当てはまる人もいれば、全く当てはまらない人もいるだろう。

全部当てはまってるという人も、いるかもしれない。

本当に、人それぞれだ。

楽しく働いている人もいれば、自殺してしまう人もいるのだから、一概にまとめることは出来ない。
学生から社会人になり、その環境の変化についていくことは、とても大変だ。

私個人の意見としては、先輩社員や上司よりも、仕事による精神的な負担は大きいのではないかと思う。

新しい環境で、仲間も近くにはいない状況。

常に気を張っていなければ、どんなミスをしてしまうかわからない不安。

人間、何がストレスになるのかというと、分からないことがストレスになる。

その会社におけるルールや常識、マインドの在り方、どこを緩くして、どこを引き締めればいいのか、新入社員は何も分からない。

一つ一つの行動が、正しいのか正しくないのか分からず、ストレスになる。

そこでマニュアルが大切になるのだが、マニュアルも、ストレスになったりする。

マニュアルとは、業務のミスを減らす、研修の効率化などの目的から作られるものだが、その通りに業務をこなさなければいけないというプレッシャーも生みだす。

マニュアル通りにできているかな…?と億劫になってしまう要因は、ここにある。

乱雑に書いたが、とにかく新入社員はストレスフルなのである。

ただ、このストレスは、3か月くらいでなくなる。

3か月経てば、ルールやマインドセット、人間関係などが把握できる。

マニュアルも身についてくる。

手の抜きどころも分かってきて、上手くやれるようになってくるものだ。

半年にもなれば、仕事の全体像も少しずつ分かってきて、やりがいも感じられるようになる。

最初の3か月は、とにかく辛いものだが、時間が経てば次第に慣れていき、精神的負担も小さくなってくるのだ。

でも、今も苦しい思いをしている新入社員も、実際にいるだろう。

時間が経っても、精神的な負担が小さくならない。

仕事の時間が近づくと、とんでもなく気分が塞がってしまったり、休日も無気力な過ごし方になってしまったりといったように、精神的な負担から様々な異常が起こる。

半年経ってもその精神的な負担が小さくならない場合、いろいろな原因が考えられる。

中でも、仕事内容が自分に合わない・人間関係の問題が主な理由になると思う。

この2つは、自分だけでは解決できない。

仕事内容を変えるなんてことは、転職するしかないし、人間関係についても、相手に変化を期待するのは無駄だろう。

自分の力では変えられないから、半年たっても苦しい。

半年どころか、ずっと苦しい可能性もある。

この苦しさを解決する方法は、2つあると、私は思う。

1つ目は、その仕事を辞めること。

自分に合うような仕事を求めて、今の仕事を辞めることも、選択肢の一つだ。

転職は難しくはない。

私自身の経験や、周囲の話を聞いていると、新卒入社の会社は3年、というのはキャリアアップのための話であって、転職できないという話ではないことが分かった。

また新しい環境で一からスタートすることは、精神的に負荷がかかるが、未来への可能性という意味では、今の環境よりも良いのかもしれない。

2つ目は、諦めること。

苦しみというのは、自分が期待しているからこそ、起きるものだ。

理想ややりたいこととのギャップが、自分を苦しめている。

勿論、個人の誇りを持つという意味で、これはとても大切なものだから、本当は捨てないでほしい。

でも、仕事をする上で、この諦めるというのは重要だと思うのも確かだ。

やりたくないことも、受け入れてやる、そんな人がいるからこそ、世界は成り立っている。

仕事は、働く人のためではなく、違う誰かのためにあるのだ。

自分のためにもなって、誰かのためにもなる。

誰しもが、そんな働き方をしたい。

でも、それは難しいのが現実だということを、受け入れて諦める。

そうすることで、期待がなくなり、ギャップに苦しむこともなくなる。

多くの社会人は、仕事に期待なんてしていないだろう。

生きるために、お金のために、生活のために、家族のために、仕事以外の趣味のために。

仕方なく、諦めて仕事している。

そんな人は、仕事以外の場で輝いていて、むしろ素敵に映るかもしれない。

転職することも、諦めて継続することも、どちらも尊重されて然るべき選択だ。

誰にも、その選択を責める権利はない。


新卒で苦しんでいるあなたへ。


色々な選択肢がある。

社会的なステイタスや世間の目が気になって、選択に踏み切れないかもしれない。

大丈夫。

その選択を、笑ったり責めたりする権利は、誰にもない。

迷惑をかけるようなことでなければ、どんな選択も尊重されて然るべきなのだから、よく考えて正しいと思ったこと、良いと思ったことを選択すればいい。

大切なのは、よく考えることだ。

しっかりと考えることで、自分の考え方が変わる可能性もある。

全てを自分のせいにするという解決法は避けるべきだ。

世の中、そんな単純じゃない。

色んな要因があって、その結果が生まれている。

何か1つの理由があって、全ての責がその1つに集まるなんてことは、有り得ない。

自分だけのせい、なんてことはあり得ない。

もう少し頑張れると思ったなら、頑張ればいい。

限界だと思うなら、辞めたっていい。

どうせ何とかなる。

長々しく色々書いたが、これは私の経験や現在の気持ちをベースに書いた記事だ。

賛否両論あると思う。

でも、私は私の正しいと思うことを書いたまでだ。

前の記事でも書いたが、正しさなんて自分にしか存在しない。


どんな選択も、迷惑さえかけなければ、誰にも批判する権利はない。

「あなたの心が正しいと思うことをしなさい」

「あなたの心が正しいと思うことをしなさい」

何かの選択を迫られたとき、自分が正しいと思ったことをしたい

そういった思いがある。

これは、独りよがりになるということではない

例えば、チームで事業を進める際、自分が正しいと思った意見を推すこと。

これは、よく考えなければならない。

相手の意見を尊重せずに、自分の意見を推し通そうとすること。

それを、自分の心は正しいと思っているのか?と問いかけなければならない。

相手を尊重しないことが、自分の正しいと思うことなのか。

そう思うなら、そうすればいい。

自分の心に問いかけた結果、そうなるなら、それは正しい。

問いかけること、勘案することが大切だから、結果的に、相手からわがままに思われたとしても、勘案した結果であれば、それは仕方がないし、正直関係ない。

相手の気持ちを尊重しないのは、正しいと思えないというなら、尊重すればいい。

何が正しいかというのは、場面や人格、環境によって変わるため、自分にとって正しければ、それは正しい。

人は他人の気持ちを理解することはできない。

理解しようとすることはできても、完璧に知ることはできない。

 

確かな事は、自分が正しいと思ったことだけだ。

メイウェザーvsマクレガー

フロイドメイウェザー
   VS
コナーマクレガー

 

8月26日。ラスベガス。

めちゃくちゃ楽しみにしていた。とうとうこの日が来た。

ボクシングの元世界王者、49戦無敗のメイウェザーと。

UFCライト級王者、マクレガーが。

ボクシングルールで対決。

わくわくしないわけがない。

メディアへの取り上げられ方も異常だったし、全米、全世界が大興奮していた。

私も、めちゃくちゃ楽しみだった。

ただ、このわくわくの理由は、マクレガーのおかげとも言える。

40歳を迎えているとはいえ、メイウェザーは最強のボクサーだ。

ディフェンス能力に関しては世界一だっただろうし、49戦無敗という記録も伊達ではない。

ボクサーではない格闘家がボクシングのリングに上がったところで、勝てるはずがない。

ボクシングをなめるなと罵倒され、世間から厳しくバッシングされる。

応援はされない。

だが、今回の対戦。

マクレガーなら…?」と思った人も多かったのではないだろうか。

私はそう思っていた。

マクレガーなら、あのメイウェザーを倒せるのではないか?と。

マクレガーは、バリバリのストライカーだ。

そして、当て感がとても良い。

個人的な意見だが、当て感は本当にずば抜けていると思う。

伸びるように、吸い付くように相手の顔面を捉える。

また、崩れた体制からパンチをあてることが出来ることも、当て感の良さを表している。

ボクシング技術は未知数だったが、例えボクシングルールだとしても、マクレガーならメイウェザーにパンチを当てることが出来るんじゃないか?

そう思って、わくわくした。

試合当日。

リアルタイムでは見れなかったが、ネットから視聴した。


1R~3Rは、マクレガーのパンチがメイウェザーを捉える場面が多かった。メイウェザーは手数が少なく、マクレガーの独特なパンチに慣れずにいるようだった。

マクレガーのスタイルは普通のボクサーとは違う。左拳は相手のガードを触るように常にあげたままで、そこからジャブを伸ばす。

とにかく懐が深い。UFCでの構えとあまり変わっていないように思えた。

そんなマクレガーのパンチは、序盤、メイウェザーを捉えていたが、効かせるまでには至っていなかったようだ。

メイウェザーは、パンチを当てられながらも自分のペースを一切乱さない。

ラウンドを重ねるにつれて、マクレガーの動きが鈍る。

メイウェザーはラウンドを重ねても、1Rとあまり変わらなく見えた。

むしろ、少しずつギアを上げてきているようにさえ見えた。

メイウェザーのパンチが、マクレガーを捉え始める。

一発一発は、大きなダメージにはなっていない様子だった。

しかし、ダメージを与えられる以上に、スタミナを削られるほうが、マクレガーの気力と体力を左右していたのだろう。

ダメージはなくても、スタミナは確実に奪われていき、マクレガーの足取りが不安定になり始める。

反対にメイウェザーの動きは、以前1Rのまま。

ストレートやボディが当たり始まる。

マクレガーのパンチは、グローブが重いのか猫パンチのようになってしまっていた。

反則気味だったと思う。

UFCではオープンフィンガーグローブであるため、グローブの重さで疲労することはあまりない。

それに対し、ボクシングは常にガードをあげていなければいけないし、グローブそのものも重い。

同じ格闘技とはいえ、必要なスタミナの種類が違う。

9Rメイウェザーのパンチがマクレガーにクリーンヒット。

以降、マクレガーのクリンチが増える。

マクレガー、満身創痍の10R

攻める体力もなく、ガードもおぼつかない。

1:03辺り。

メイウェザーの攻撃がガンガン当たり始める。

マクレガーはパンチを避け切れず、次第に追い詰められ、最後はレフェリーストップ。

メイウェザーVSマクレガーは、10R、メイウェザーのTKO勝ちで終幕した。

試合内容は、そんなに面白くなかったと思う。

やはりボクシングとUFCは違うと思ったし、メイウェザーもキレキレではなかった。

マクレガーも本領発揮することが出来ず、見せ場が作れていなかった。

そう思うと、話題性が先行した、お金のための試合だと思えてしまうのも、仕方ない。

でも、世界をこれだけ賑わすことが出来るということは、とてつもないことだ。

たった2人で。

こんなにワクワクしたのは久しぶりだった。

素直に凄かったと思う。

 

 

 

偉人の言葉を聞いても、行動までは変えられない

偉人の言葉に感動することがある。


例えば、老子の言葉で感動する。或いは、ソクラテスの言葉で感動する。


そして、自分の中の価値観が変化する。


老子の、ソクラテスの言う通りだ、と思うわけだ。


価値観が変化すれば、行動も変わる。


しかし、そう簡単に人間の行動は変わらない。


何年も生きてきて根付いた価値観は、単なる言葉を知っただけでは揺らぐことがない。


つまり、行動まで変化させるほどの価値観の変化は、単なる言葉を知っただけでは起こり得ないのではないかと思う。


行動まで変化を及ぼすためには、まず、その言葉が生まれた経緯を知る。


何故その言葉が生まれたのかを知る。


次に、改めて現在の自分の価値観と照らし合わせてみる。


本当に、この言葉は自分の価値観へ取り込んで良いのだろうかと勘案する。


そして、その壁を突破することで、本当の意味で感動し、納得する。


それで初めて、行動まで変化させるほどの、価値観の変化が訪れるのではないだろうか。

 

単発的に言葉が行動を変えることはある。


しかし、数時間、或いはその日だけくらいの期間しか持たない。


音楽や漫画、映画などに触れると、そのようなことはよくある。


積み重ねれば価値観まで変わるのかも知れないが、単発では僅かな変化しかもたらすことはできない。

 

だから、良いなと感じたことは、深掘りしてみようかと思う。


自分に染み込ませるために。


深掘りすることは大変かも知れないが、容易く手に入れたものに、価値観まで左右されるほうが怖い。

 

 

 

カバンの中身

今週のお題「カバンの中身」

 

私はノースフェイスのリュックサックを使っている。

容量は23リットルなので、あまり大きくない。

必ず入っているものは、以下の道具たちだ。

 

  • 財布
  • 携帯
  • ボールペン
  • 読み途中の本
  • リップクリーム
  • メモ帳
  • 家の鍵
  • イヤホン

 

どんな時でも、これらは必ず入ってる。

それぞれに、特にこだわりは無い。

無いと困るから持っている。

持ち物には、プラスの感情もマイナスの感情も持ち込まないようにしようかと思っている。

気に入れば過保護になるし、少しでも好きではないと思えば途端に憎らしくなるからだ。

長持ちしている物は、大抵、大して気に入っていない。

使いやすいの一点のみ。

 

 

女を舐めるなよという人

女だからといって舐めないでという女性は、反面、受け入れなければならない事柄がいくつか発生すると思う。

女だから舐めてかからないということは、女だからといって甘やかさないということに繋がる。

女性が甘やかされたいと思っていると言いたいわけでは無い。

紳士的な振る舞いを享受できるのも、女性だからだということが言いたい。

そしてその紳士的な振る舞いは、強制されると出てこない。

また、男女による差別を取り払えば、男らしさを否定することにもなる。

男女を平等に扱うというのは、両性の「らしさ」を消し去る側面がある。

そのことを踏まえた上で、男女の平等を主張して欲しい。

しかし、男女は全く違った生物であるのに、同じように扱うというのはいかがなものか。

男尊女卑は論外だが、互いのらしさを尊重し合い、良い意味での差別を推したい。